7/29/2017

ビスケ、麻痺症状に変化無し。7月28日。

7月28日のビスケ、入院しているステンレスボックスの扉を開けてやると、前肢だけで転げ落ちるようにして外へ出て、身体をすり寄せる。ビスケがこの場所で心穏やかに日々を過ごしているわけではないこと、家に帰りたい気持ちが強いことがひしひしと伝わってくる。

介助して立ちあがらせても、そのままの姿勢を維持することはできずにビスケの下半身は崩れ落ちてしまう。23日となんら変わりは無い。二週前にはあった肉球の痛覚反応は全く消えているし、痙攣反応も全く無い。にもかかわらず院長は平然と「医師の目から専門的に見て後肢には徐々に随意反応が見られるようになっている」と言う。専門家だろうが素人だろうが見れば解る。後肢はダラリとぶら下がったままだ。

7月9日に補助輪を使ってリハビリを始めた直後、わずかに3〜4日間、後肢左に随意反応とやらが見られたが、15日以降、下半身の動きは急速に失せていき、麻痺は再び進行している。今日も前肢を使って立ち上がることはどんなに頑張ってもできなかった。左右後肢の大腿部から下が全く機能していないのだ。面会している三時間余りの間に、尻もちをついたままで大便を三度漏らした。我慢できずに出す大便を自らのお尻の下で潰したまま、身動きができない、ビスケにとっては屈辱的だ。

レントゲン撮影時の医療過誤による脊髄損傷は大きかったのだと考えざるを得ない。この先々重篤な排尿障害、排便障害が再発する可能性を排除することはできない。そうでなくても日を追う毎に体調は全般的に悪くなりつつある。血液検査によって総合的に免疫力が落ちてきていることは明白になっている。それを投薬でいつまでもカバーし続けることはできない。薬漬けのビスケの肉体にはいずれ大きなツケが回ってくる。

抗生物質の投与は1月ごろから始まって既に7ヶ月、ビスケは短期間に二度にわたる手術を受け、抗生物質、痛み止め剤等の各種薬の投与を受けてきた。ヒトもイヌも薬剤性難聴という、回復しにくい副作用に留意しなければならないことぐらいは知っているから、「ビスケは3月ごろから急激に耳が聞こえなくなっている。抗生物質などの副作用ではないかと思うが・・・」とさりげなく振ってみたが「そんなことはない」と院長は言下に否定した。素人の意見に耳を貸さない医師特有の態度に誠実さは感じられない。

また、「先生の見解に相違するが、ビスケの症状が良い方向へ向かっているようには見られない」と指摘すると、三度目の完全麻痺直後に起きた「排尿障害、膀胱炎症状を治療努力で改善させた」と唐突に、強い口調で主張した。そもそもビスケがそのような事態に陥った因果関係はいかなるものであったのかということを彼は考慮していない。とかくヒトという動物は自分に都合の悪い状況下で本能的に自己防衛意識が働き、攻撃的な態度をとる、もしくは沈黙する。

医療過誤から70日が経過した。具体的な見通しと責任の果たし方についての院長の言葉はどんどん曖昧になっており、最近は沈黙が多い。自ら(病院)が「加害者であることは自覚はしている」と繰り返し言うが、しかしその責任の果たし方については、当初の「医療事故以前の状態へ戻すべく努力する」から最近は「努力はするが、回復の可能性についてはなんとも言えない」という方向へ後退している。にもかかわらず、回復させることを「あきらめてはいない」としか言わない(言えない)この医師は、当ての無い希望の残酷さとか、脊髄損傷が及ぼす影響が後肢の麻痺にとどまらず内臓機能にまで及ぶ危険性とか、長期入院の諸々のリスクとか、ビスケの家族が被っている心の痛みと経済的損失についてまでは思いが至らないのだろうか・・・。

ビスケのストレスを最小限にして回復治療を行うのだと言う医師としての決意が真剣なものであるならば、直ちにビスケを自宅に帰し、日に三度のリハビリとレーザー照射治療、その他諸々の各種治療や検査も含めて、毎日往診をすると云うぐらいの覚悟があってもよかろう。ビスケにとって、下半身不随にされた罪を償ってもらう方法としてそれ以上はあってもそれ以下は無いが、彼にそこまでの覚悟は無いだろう。何れにしても医療過誤のあった5月19日の朝の状態までビスケが回復しなければ、彼の言うところの「償い」が完遂できたと言えないことだけは確かだ。

周辺で高い評判の病院経営、そして専門医としての豊かな知識と優れた技術、これまでの豊富な治療実績などを信じているからこそ、そこに一縷の望みを託してここまできたが、もうそろそろ決断しなければならない時かもしれない。手遅れにならないうちに。


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