帰宅直後のビスケの歩き方はヨタヨタとしていたが、久しぶりに我が家に帰って表情は和んでいた、が、しかし後肢の動きはどう見ても4月30日の手術日以前よりも良い状態であるとは言い難い状態だった。
そして翌日には、ビスケは立ち上がるのに苦労するようになり、排泄の踏ん張りは限界状態となり、明けて8日になると、なんとか立ち上がるものの立ち姿勢を1分と維持できず、排泄時の踏ん張りはできなくなり、同日夜には後肢を前へ伸ばしたままで尻餅をつく状態となって自力で立ち上がることが不可能となった。医療過誤直後の状態へ逆戻りだ。あの院長は何をもって回復していると診断したのか。ますます不信感が募った。
言いようのない不安に満ちたビスケの眼。なぜ下半身が動かない?4月30日の手術の1週間後には以前のようにキビキビと身軽に動き回れるようになっていたのに。5月19日に病院のレントゲン台に押さえつけられた時の激しい痛みの後、それっきりだった。俺の脚はどうなっちゃんたんだ?なぜ動かないんだ?二度も背中を切り裂かれて、脊椎に穴を開けられ、背筋を曲げられて、その結果が下半身不随か?ビスケの眼はそう言っている。
5月19日の医療過誤の翌日、院長は再手術の費用とそれ以降の入院代を病院が負担すると言った。当然だろう。しかし過誤のあった当日までに私が支払った治療費(かなりの高額だったが2週間後には元気になったので納得していた)を返却するとは言わなかった。そして6日の退院時、再手術以降に施したレーザー温熱治療とリハビリの理学療法費用(これまでの治療費総額の10%にも及ぶそれなりの高額)を支払えと言った。医療過誤がなければ不要だったはずの費用なのではないのか?、これは病院が負担すべきものではないか思った。そして治療費の話よりも何よりもビスケの回復の可能性について真剣に語るべきじゃないのかと不快だった。腑が煮えくりかえったが、ビスケの回復治療に向けての院長の意欲を削ぎたくはない。そのことに注力させたい、無益な争いをしている時ではないとの一心で怒りに蓋をして、支払いを済ませた。その二日後にビスケは再び下半身不随に逆戻りしたのだ。悲しみと憤怒。
そして翌日には、ビスケは立ち上がるのに苦労するようになり、排泄の踏ん張りは限界状態となり、明けて8日になると、なんとか立ち上がるものの立ち姿勢を1分と維持できず、排泄時の踏ん張りはできなくなり、同日夜には後肢を前へ伸ばしたままで尻餅をつく状態となって自力で立ち上がることが不可能となった。医療過誤直後の状態へ逆戻りだ。あの院長は何をもって回復していると診断したのか。ますます不信感が募った。
言いようのない不安に満ちたビスケの眼。なぜ下半身が動かない?4月30日の手術の1週間後には以前のようにキビキビと身軽に動き回れるようになっていたのに。5月19日に病院のレントゲン台に押さえつけられた時の激しい痛みの後、それっきりだった。俺の脚はどうなっちゃんたんだ?なぜ動かないんだ?二度も背中を切り裂かれて、脊椎に穴を開けられ、背筋を曲げられて、その結果が下半身不随か?ビスケの眼はそう言っている。
5月19日の医療過誤の翌日、院長は再手術の費用とそれ以降の入院代を病院が負担すると言った。当然だろう。しかし過誤のあった当日までに私が支払った治療費(かなりの高額だったが2週間後には元気になったので納得していた)を返却するとは言わなかった。そして6日の退院時、再手術以降に施したレーザー温熱治療とリハビリの理学療法費用(これまでの治療費総額の10%にも及ぶそれなりの高額)を支払えと言った。医療過誤がなければ不要だったはずの費用なのではないのか?、これは病院が負担すべきものではないか思った。そして治療費の話よりも何よりもビスケの回復の可能性について真剣に語るべきじゃないのかと不快だった。腑が煮えくりかえったが、ビスケの回復治療に向けての院長の意欲を削ぎたくはない。そのことに注力させたい、無益な争いをしている時ではないとの一心で怒りに蓋をして、支払いを済ませた。その二日後にビスケは再び下半身不随に逆戻りしたのだ。悲しみと憤怒。
ビスケがかかりつけにしているK医師(誠心誠意を尽くして動物とその保護者に接するK医師の姿勢は尊敬に値する)からこの病院を紹介された。建物や付帯施設、医療機器、スタッフの数などいずれも首都圏の大病院に比しても見劣りしない規模で、診療、治療費が他に比して割高にもかかわらず常に客(患者)で混み合っている。若いオーナー院長は脳神経、脊椎外科の専門医だ。臨床実績豊富、学会活動も活発だ。
だからこそ院長の技術を信頼してビスケは手術を受けた。期待通りに成功した手術後のビスケの経過は順調で2週間後にはチョコマカとよく動き、人の後をついて回るビスケ本来の姿が復活していた。ビスケ共々院長に対しては大いに感謝した。自信に満ち溢れた表情の院長は次の学会発表のための申し分ないケースを成功させて満足しているように見えた。私は元気になったビスケを見て、エッフェル塔から飛び降りる覚悟で支払った治療費の額さえも忘れるほどに感謝した。
19日の抜糸後、ごくありふれたレントゲン(そんなに急ぐ必要があったのか、と今でも私は思っている)撮影時に一瞬にして医療過誤は起きた。私に対しては退院後のケアに関してしつこく「絶対安静、段差厳禁」と言っていたその病院自ら(誰がやったのか特定はしていない)が、脊椎を固定するためにビスケの背中に埋め込んだ石膏にヒビが入るような不注意極まりないミスを、レントゲン台の上でプロが犯したとは信じ難い。慢心、油断、クランケ軽視があったのだろうと言わざるを得ない。
私は殺意に近い怒りを覚えたが、「今、ミスそのものを責め立てても意味が無い。急ぐべきはビスケの回復のための行動だ」と自分に言い聞かせ、感情を抑えて、その場で苦情は言わなかった。ミスした行為に関して病院を責めることはしなかった。思うにミスをした人間の価値は犯してしまったミスをどのようにリカバリーするかで決まるのだ。そこに期待したからその場では病院の非を責めなかったのだ。
しかし、過誤直後に下半身が全く動かなくなった(容態が激変した)ビスケに痛み止め注射を打っただけで帰宅ささせようとしたこと、そして6月6日の退院時には過誤をリカバーするための治療費を請求してきたことで、院長の人間性に疑いを持った。だが彼に対する不信感を露わにしてもビスケが直ちに元に戻るわけではない。「1ヶ月ぐらいかけて損傷した脊髄の機能を回復させ、5月19日朝の状態まで戻す」と言う、専門医としての院長の言葉に賭けてみるしかないと思い、快復を祈ってビスケを2週間預けたのだが・・・・。
そして退院後3日目、6月9日朝、再び下半身が完全麻痺したビスケを抱えて私はアポ無しで病院へ押しかけ、言いようのない怒りをギリギリのところで抑えながら、病院が次に打つことができる具体的な治療方法を院長に問い質した。彼は「リハビリとレーザー温熱治療を続ける」と言う。しかし再手術以降これまで2週間続けた治療をさらに繰り返すだけで事態が俄かに好転するとは到底信じられなかったので悩んだが、このままビスケを連れて帰っても私には為す術がない。「誠意と責任感をもって努力してほしい」と院長に告げ、もう少し我慢するようビスケに言い含めて入院させ、三度目の正直に賭けた。
ビスケが治ればそれで良しとしよう。煮えたぎるマグマが詰まった堪忍袋の緒を切らなければならない事態とならぬように祈るのみだ。
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