昨年秋に檀那寺から寄付の要請が来た。古くなった鐘楼堂を改築するから不足資金を協力してほしいというものだ。昨年から地区総代の役を仰せつかっているので檀家を回って趣旨を伝え、寄付を募った。「超限界集落」である我が地区はヨボヨボの老人たちしかいないし、その誰もが決して豊かな暮らしをしているわけではない。目安が3万円以上という寄付要請に皆さん溜息を漏らし、「せぇでももうすぐお世話になるんじゃけんのぉ(しかし、そんなに遠くない将来に死んで戒名を貰わなければならないからねぇ)」と寄付することを約束してくれる。
年が明けた。2月最終週、集金して歩いた。ほとんどのヒトは2回分割払いを希望する。自らも寄付をし同時に集金係である僕としても腹(財布)も痛むが胸も痛む。この老人たちの年金額を想像すると、僕が貰うわけではないのに、現金を受け取るのが気の毒になる。限界集落ばかりのこの地域で、鐘楼堂改築に1000万円必要となれば寄付を要求される高齢の低所得者に負担が大きくなる。
村の爺さん婆さんたちが、寄進行為によって信仰に厚みが増し、死後に極楽浄土を約束される、などと思っているのかどうかは定かではない。彼らに安寧を。
南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛
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